レッスン 2: 旋回


航空業界には、さまざまな誤解が横行しています。たとえば、プロップウォッシュ (プロペラ後流) のことを何やら特殊な洗剤のことだと思っているパイロットもいれば、教官に「では次、タクシー (タキシング) を」と言われて、タクシーを呼ぼうとするおめでたい強者もいます。

私がまだ訓練操縦士だったころ、FAA の試験官から航空機はどうやって旋回するかをたずねられたことがありました。私は試験官を見て、「操縦輪で、です」と答えました。試験官は胸を押さえて、信じられないとばかりに頭を振りました。正直に白状しますが、私の答えがあまりに的外れだったため、試験官は少しばかり取り乱してしまったようです。口から泡を吹いて、眉毛が髪の生え際までつり上がっていましたからね。皆さんがこうならないように、このクラスでは、まず航空機が旋回するしくみについて学習し、次にどうしたらこの小粋な操作をうまくできるようになるか見ていきましょう。

揚力の軽さ

図 2‐1 に示す航空機 A は、水平直線飛行を行っています。

この図では、垂直方向に作用している揚力が航空機を引き上げ、空中に維持しています。上方向へ引っ張ることができるなら、揚力は左右の方向にも引っ張ることができるはずですよね。そう、揚力によって右または左に引っ張られたとき、航空機は旋回するのです。

図 2-1 の航空機 B は、バンクしている航空機の揚力の合力を示しています。揚力の垂直分力が航空機を上方向に引っ張り、水平分力が航空機を旋回の方向へ引っ張っています。この 2 種類の小さな力によって成り立つ揚力の合力を想像してください (またここでも例の矢印が登場しました。しつこいようですが、実際の航空機からこんな矢印は見えませんからね)。これらの矢印は、揚力の各分力を表しています。

航空機が旋回するのは揚力の水平分力によるものであることを、肝に銘じておいてください。水平分力によって、航空機は弧を描くように引っ張られます。したがって、バンク角が大きければ大きいほど、水平分力が大きくなり、航空機はより速く旋回できます。

旋回: バンクによる操作

これで旋回のしくみがわかりましたね。さて、ここで大切な質問をします。航空機を旋回させるために、どうやって揚力を傾けるのでしょうか? 

答えは、「エルロンを使う」です。

ここで「操縦輪を使う」という答えを聞かされても、私は心臓発作を起こしたりはしません。実際、操縦輪を回すかジョイスティックを傾けること、つまりエルロンを使用して航空機をバンクさせることこそ、揚力の合力を傾けて旋回を開始する方法なのです。

旋回するには、旋回する方向にジョイスティックをゆっくり傾けて、目的のバンク角に達するまで航空機をロールさせます。次に、ジョイスティックを中立 (中央) の位置に戻します。すると、航空機は通常、このバンク角を維持して飛行します。目的のバンク角から航空機がずれた場合は、ジョイスティックを 1 回か 2 回軽く操作してバンク角を保ちます。

ここでもう 1 つ質問です。コックピットの中から、どうやってバンク角がわかるのでしょうか。バンク角を見るためだけに、別のパイロットに後ろを飛んでもらうことはできません。もちろん、もっと良い方法があるのです。

図 2-2 は、前回の講義で学習した水平儀です。

図 2-2

水平儀の上部、中央のすぐ右と左に 3 本の白いバンク マークがあります。このマークは、それぞれ 10 度から 30 度までのバンク角を表します。30 度以上では、60 度と 90 度にバンク マークがあります。機体を 30 度のバンク角にもっていくには、上から 3 番目の白いバンク マークが小さいオレンジ色の三角形の上に来るまで、航空機をロールさせます。

それほど難しくないでしょう? では、15 度または 45 度のバンクにしたい場合は、どうすればよいのでしょうか。以下がその方法です。図 2-3 では、水平儀の中央から下方向へ、2 本の白い斜めの線が描かれているのがわかると思います。

図 2-3

これらの線が、それぞれ 15 度と 45 度のバンク ラインです。図 2-3 のように、水平儀のミニチュア エアクラフトの小さなオレンジ色の翼が、最初の斜めの線に平行になるまで、航空機を右にゆっくりロールさせます。これで、15 度のバンクになります。また、ミニチュア エアクラフトの翼が 2 番目の斜めの線に平行になるまで、航空機をゆっくりロールさせれば、45 度のバンクになります。

重力と抗力の補正

旋回のレッスンに進む前にもう 1 つ、理解しておくべきことがあります。

航空の世界では、タダで得られるものはない、ということを覚えておいてください。特に旋回については、これが当てはまります。

旋回中に揚力の合力を傾けると、航空機の重力に対して垂直に作用する揚力は小さくなります (図 2-1 の航空機 B を参照してください)。航空機はこれに反応して、瞬間的に大きな力の方向、つまり重力の方向である下方向へ動きます。この動きを修正するため、旋回に入ったら揚力を少し増やす必要があります。 揚力を増やすには、ジョイスティックを手前に少し引きます。後でわかると思いますが、ジョイスティックを手前に引くと、主翼の迎え角が大きくなり、揚力がわずかに増えます。残念なことに、迎え角が大きくなると抗力も大きくなるため、航空機の速度は下がります。30 度前後かそれ以下の浅いバンクで旋回するときにも速度が下がりますが、これについては特に心配する必要はありません。急角度 (45 度以上) で旋回するときは、出力を上げて対気速度の大幅な低下を避ける必要があります。

ではここで、水平儀をもう一度見てください。旋回に入ったとき、この水平儀を参考にしてジョイスティックにかける力を調整する方法について説明します。

水平儀のミニチュア エアクラフトの翼の間にある、オレンジ色の球の位置に注目しましょう。水平直線飛行では、ミニチュア エアクラフトとオレンジ色の球は、図 2-4 に示すようにほぼ人工水平線上にあります。

図 2-4: 水平直線飛行では、
ミニチュア エアクラフトは
ほぼ人口水平線上に
位置します。

しかし、バンク状態では、ミニチュア エアクラフトは人工水平線とは平行ではないので、水平儀で航空機のピッチを識別するのは困難です。そこで、人工水平線に対するオレンジ色の球の位置を、旋回時のピッチの基準として使います。

15 度から 30 度のバンク旋回で高度を維持するには、ピッチを少し大きくする必要があります。図 2-5 に、基本的なピッチの増加量を示します。

図 2-5

ここでのポイントは、”急旋回では、高度を維持するためにピッチを大きくする必要がある” ということです。旋回から直線飛行に戻るときには、手前に引いていたジョイスティックを戻します。これによって、水平飛行に必要なピッチに戻ります。旋回でピッチを大きくする理由については、低速飛行に関する講義で説明しますので、ここでは、航空機をバンクさせるときは、高度を維持するためにピッチの修正が必要である、と覚えておいてください。急旋回では、ジョイスティックをもう少し手前に引いて、昇降計 (VSI) の針がゼロを保つようにします。高度計の長針 (100 フィート単位) も安定させる必要があります。人工水平線に対するオレンジ色の球の位置を使って、バンク中の航空機のピッチを読み取ってください。水平直線飛行に戻るときは、ピッチを小さくすることを忘れないでください。

ラダーの使用

ラダーとは、航空機の後部にある可動垂直翼面で、航空機の機首を旋回する方向へ向けるための装置です。航空機を旋回させるわけではありません。航空機はバンクによって旋回することを忘れないでください。ラダーは、旋回方向とは異なる方向へ航空機を回転させようとする力を修正します。このような力はいくつかありますが、詳しい説明はここでは省略します。この点について補講を受けたい場合は、次の「補講: アドバース (逆) ヨー」を参照してください。

補講: アドバース (逆) ヨー

航空機にラダーが装備されているのは、アドバース (逆) ヨーに対する航空機のコントロールに使用するためです。機体が右にバンクしているときは、左側の翼のエルロンが下がり、左翼は持ち上がります。下がったエルロンは左側の翼の揚力を増やす一方で、抗力も若干増加させます。

「ちょっと待ってよ。抗力なんて頼んでないぞ」と思うかもしれません。確かに。しかしながら、これは宅配ピザのようにはいかないのです。好むと好まざるとにかかわらず、揚力には必ず少しばかりの抗力が伴います。まったく余計なお世話なんですけどね。

右旋回では、左側の翼のエルロンが下がり、左翼が持ち上がります。翼は上がりますが、若干増加した抗力によって少し後ろに引っ張られます。この抗力により、航空機が右にバンクすると、機首が逆に左に引っ張られます。つまり、逆向きのヨーイングが発生します。

右にバンクしている場合、バンクしている方向へ機首を向けたいと思うのが普通ですよね。それを、ラダーが手伝ってくれるのです (といっても私たちが足でラダーを踏んづけるのですが)。ボールを傾斜計の中央にとどめるようにすると、アドバース (逆) ヨーに対して機首の向きが適切に修正されます。この状態が、航空機が適切に調和飛行している状態なのです。

バンクに入るとき、またはバンクから戻るときに、アドバース (逆) ヨーが航空機に影響を与えるということを忘れないでください。どちらの場合も、より強いラダー圧力が必要となります。いったん調和飛行での旋回に入れば、ラダーを中央に戻してもかまいません。すでに機首は針路の方向に向いているはずです。旋回時にもラダーにやや圧力をかけ続ける必要がある状況については、後で学習します。

Flight Simulator には、旋回時に機首を正しい方向へ向けたままにするオート ラダー機能があります。ラダー ペダルがなくても機首の方向は補正されますので、ご安心ください。つまり、エルロンをどのように調節しても、自動的に適切なラダーの使用量が設定されるのです。もちろん、実際の航空機にはオート ラダー機能はありません (もっとも、訓練操縦士の中には教官のことをオート ラダー代わりに考えている人もいるようですが)。つまり、現実の航空機の操縦訓練を受けようと思ったら、ラダーのしくみとラダー ペダルの使用方法について学習しなければならないということです。

もちろん、Flight Simulator 用のラダー ペダルまたはラダー機能付きジョイスティックがなくても、オート ラダー機能を使えば大丈夫です。空中をよろめきながら飛行したくなければ、Flight Simulator のオート ラダー機能を使わない手はありませんよ。

Flight Simulator 用ラダーの使用

誕生日のプレゼントに、Flight Simulator 用のラダーをもらったとしましょう。なんてラッキーな! あるいは、もしかしたらそのジョイスティックに、ラダー機能が付いているかもしれませんよ。ちょっとひねってみてください。早速取り付けたものの、ほどなく「はて、これはいつ使えばよいのだろう?」という疑問を抱いてしまったあなた。ラダーは、旋回の場合など、エルロンを使用するときにはいつでも使えるのです。

ラダーは、航空機の尾翼にある縦型のエルロンと考えてください。左右のラダー ペダルの踏み込み具合によって、風に対する垂直安定板の角度が変化します。これにより、航空機は垂直軸を中心にヨーイングします。このヨーイングによって、機首を旋回方向に向けます。

図 2-6 の航空機 A のように、右ラダー ペダルを踏み込むと、尾部が圧力の低い方へ動きます。

図 2-6: ラダーによるアドバース (逆) ヨーの修正のようす

尾部が動くと、航空機は垂直軸を中心に回転します。右ラダー ペダルを踏み込むと、機首は右方向へヨーします。左ラダー ペダルを踏み込むと、航空機 B のように機首は左方向へヨーします。

旋回でラダーを使用しないと、航空機の一部がバンク方向と別の方向へ向かおうとします。これはとんでもない事態です。教官の眉毛がつり上がるどころか、後頭部まで行ってしまうかもしれません。 右旋回なら右ラダー、左旋回なら左ラダー、と覚えておくと簡単です。手と足を一緒に動かしましょう。

ここで、「では、ラダーをどれだけ踏み込めばいいのか」という疑問が真っ先に右脳に浮かびましたね。良い質問です。 図 2-7 は、旋回計の一部である傾斜計です。傾斜計は “ボール” とも呼ばれます。

図 2-7: 旋回計

旋回計の中の白い航空機は旋回の方向を示し、ボールはラダーの踏み込みが適切であるかどうかを示します。ボールはガラス管の中を左右に動きます。ラダーを踏み込みすぎた場合や踏み込みが足りない場合は、航空機には横向きの不要な力がかかります。自動車で急な曲がり角を曲がったときに、ダッシュボード上をサングラスが滑っていくのと同じことです。このときパイロットは、ラダーを使用してボールが中央にとどまるように調整しなければなりません。

図 2-8 に、旋回時の航空機を示します。

図 2-8: 航空機の内滑り (スリップ) と外滑り (スキッド)

航空機 A の機首は、旋回方向の外側を向いています。これは、右ラダーの踏み込みが足りないか、または右エルロンが大きすぎるためです。ボールと航空機は、右側、つまり旋回方向の内側へ向かってスリップ (内滑り) します。つまり、正確な旋回方向にするために、機首を少し右に向ける必要があります。右ラダーを踏み込んで航空機を旋回方向へ向けると、航空機 B のようにボールが中央に戻ります。

航空機 C の機首は、旋回方向の内側を向いています。これは、右ラダーを踏み込みすぎているか、または右エルロンが小さすぎるためです。ボールと航空機は、旋回方向の外側、つまり左側へスキッド (外滑り) します。左ラダーを少し踏み込むと、機首が旋回方向を向きボールが中央に戻ります。

簡単に言うと、ボールが中央から右または左に振れる場合は、それぞれ右ラダーまたは左ラダーを踏み込んで、ボールを中央に戻します。 教官に「ボールを踏み込みなさい」と指示されたら、それは、ボールが右側に振れている場合は右ラダーを踏み込み、左側に振れている場合は左ラダーを踏み込め、ということです。くれぐれも旋回計に足を乗せたりしないでくださいね。靴の中にビー玉を入れる、なんてのもなしですよ。

旋回に入るときは、エルロンとラダーを同時に同じ方向に操作します。 これは、”調和飛行” と呼ばれます。エルロンによってバンク角が決まり、ラダーによって機首が旋回方向に向けられます。旋回中、ボールが中央にあれば、機首は正しい旋回方向を向いているということです。

これで、今回の講義は終わりです。よくがんばりましたね。今学習したことを練習するには、[このレッスンを開始する] をクリックしてください。

次のレッスンでは、気分がハイになる操作、上昇について学習します。また、気分が落ち着く操作、つまり降下についても学習します。

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