レッスン 1: 失速


失速理論の初歩

「低速飛行」についてのレッスンでは、飛行に必要な揚力を維持するために、対気速度が下がったときに翼の迎え角を大きくする方法について説明しました。迎え角はどこまで大きくできるのか疑問に思った人もいるのではないでしょうか。どんなことにも限界があるというのが常識です。中でも古代エジプト人は、建造できるピラミッドの大きさの限界を常識として認識していました。 もちろん、翼にも限界があります。

パイロットの仕事は、4 種類の力をコントロールし、揚力を維持し、失速につながる気流の乱れを避けることです。前のレッスンで説明したように、このような失速は、エンジンの停止とはまったく無関係です。

翼の迎え角が大きくなると、翼の上面で気流が乱れ始めます。ほとんどの航空機において、この角度は 18 度です。気流が乱れると、翼の上側の空気の流れが遮られるので、揚力の維持が難しくなり、失速につながります。気流が乱れ始め、失速につながるこの角度は、”臨界迎え角” と呼ばれます。

さて、これから説明することは、たとえてみれば、今まで釣った中でも一番大きな魚です。しっかり釣り上げてください。失礼、しっかり頭にたたき込んでください。翼は、臨界迎え角を超えると必ず失速します。ということは、迎え角を臨界値以内にすると、失速から回復させることができるのです。 皆さん、わかりましたか? 

失速、迎え角、そして機首の操作

失速が起こるしくみを理解するために、大気の分子を、翼の上を走る小さなレーシング カーと考えてみてください (図 1-1)。

図 1-1: 迎え角

それぞれのレーシング カー、つまり大気の分子の目的はただ 1 つ、翼のカーブしている上面キャンバをたどることです。もちろん、翼の迎え角が小さい場合は、カーブが緩やかなので、簡単にたどることができます (図 1-1)。

しかし、翼の迎え角が大きい場合は、これらの車と大気の分子がたどるべきカーブはどうなるでしょう。迎え角が約 18 度 (臨界迎え角として知られている角度) を超えると、レーサー気分の大気の分子は曲がりきることができません (図 1-1)。

この状態になると、大気の分子は自由空気中に振り落とされ、つまり気流が乱れ、翼の上面に流れていた均一な高速の空気の層流がなくなってしまいます (図 1-2)。そして翼は失速します。

図 1-2: 失速した翼

ヤコブ ベルヌーイによれば、翼の上面の空気の流れが低速になるほど揚力は小さくなるということでしたよね。翼の下面にぶつかる大気の分子の衝撃による揚力はまだこの時点でも存在しますが、すでに学習したように、この揚力は機体を支えるのに十分ではありません。重力より揚力が小さいと、優秀な航空機にも悪いことが起こります。翼が機能しなくなり、失速するのです。ベルヌーイから見捨てられ、重力によって航空機は地上に召還されるわけです。

すべての翼には臨界迎え角があり、その角度は航空機によって少しずつ異なります。この角度を超えると、翼と風がうまく作用しなくなります。心の中でどのような理屈をこねても、物理学と航空力学の原理に打ち克つことはできません。翼の警官に常に監視されているのです。臨界迎え角を超えると、大気の分子から揚力を得られなくなります。 深刻に聞こえますが、本当に深刻な事態になるおそれがあります。幸運なことに、簡単な解決方法があります。教官に「操縦を代わってください」と叫ぶことではありませんよ。さてここで、また片方の耳に指を突っ込んでください。なぜなら、今から説明することは非常に重要なので、片方の耳からもう片方の耳へとつつ抜けてしまわないようにしていただきたいのです。では、その重要なことをお話しましょう。迎え角を小さくすれば、翼の失速を回復できます。それには、エレベータ コントロールを使用して航空機の機首をゆっくり下げます (図 1-3A および 1-3B)。

図 1-3: 失速と臨界迎え角を超えた状態

肩の力を抜いてやれば、うまくいきますよ。迎え角が臨界迎え角より小さくなると、大気の分子は翼の上面をスムーズに流れるようになり、再び揚力が生まれます。実に簡単です。航空機は飛行を再開し、通常どおり機能するようになります (図 1-3C および 1-3D)。以上のことを決して忘れないでください。はい。もう耳から指を離していいですよ。

なぜ、これほど強調しているのでしょうか。それは、非常事態になると (翼が飛ぶのをやめると、多くのパイロットは非常事態になります)、人は正しい対処法と正反対のことをしてしまいがちだからなのです。パイロットは生まれつき、エレベータ コントロールを引いたり押したりして機体のピッチ姿勢を変更する傾向があります。失速中に、航空機のピッチ姿勢が下向きになると、訓練されていない本能によってエレベータ コントロールを手前に引いてしまいます。自分の膝までぐいと引いてしまうこともあり、それが良くない結果を招きます。翼は失速したままで、パイロットは途方に暮れてしまいます。

翼が失速した場合は、ある重要なことを 1 つ実行する必要があります。それは、迎え角を臨界値より小さくすることです。翼に再び飛行を開始させるには、こうするしかありません。また、出力を全開にして航空機を加速することも、失速からの回復に役立ちます。出力によって前進速度が増すことも、迎え角を小さくするのに役立つからです。

翼が失速したときは、ただ座っていてはいけません。パイロットが司令官と呼ばれるのには、それなりの理由があるのです。何かをしなければなりません。それも、正しい操作でなければなりません。

姿勢や対気速度に関係しない失速

航空機は、姿勢や対気速度にかかわらず失速する場合があることを認識しておかなければなりません。もう一度、片方の耳に指を突っ込んでください。機首が上下どちらを向いていても、飛行速度が 60 ノットでも 160 ノットでも関係ありません。航空機が臨界迎え角を超えているかどうかは、姿勢や対気速度とは関係ないのです。図 1-4A は、これが起こり得る 1 つの例を示しています。

図 1-4: 臨界迎え角を超えた場合の失速からの回復

航空機には慣性があります。つまり、現在動いている方向に動き続けようとします。航空機 A は機首を下に向けて、150 ノットで急降下しています。パイロットがエレベータ コントロールを急に引いたため、翼が臨界迎え角を超え、航空機は失速しました。たいへんです。想像してみてください。150 ノットで機首は下を向いているのに、失速しているのです。図 1-4B は、エレベータ コントロールを突然引いたために、水平飛行で 100 ノットで失速している航空機の例です。

失速から回復するためにパイロットは何をしなければならないでしょうか。最初の手順は、エレベータ コントロールを前方に動かすか、ジョイスティックを手前に引いている力を緩めて、迎え角を小さくすることです (そもそも、エレベータ コントロールを手前に引いたことが、失速を誘発する大きな迎え角の原因になったであろうことを思い出してください)。これにより、再び翼の上面に高速の空気がスムーズに流れるようになります。すると、航空機は再び飛び始めます。

その次にすべきことは、必要に応じて、できる限り出力を上げて航空機を加速し、迎え角を小さくするのを助けることです。

航空機がひとまず失速から抜け出したら、再び失速しないことを確認しながら、適切な姿勢に戻します。前の失速から回復した直後に再び失速に陥ることを、セカンダリー ストール (2 次失速) と呼びます。

安全な高度で意図的に航空機を失速させてみることは、実際のところ、結構楽しいですし、少なくとも良い訓練になります。 失速は、ほとんどの航空機では比較的ゆっくり起きる現象です。ただし、地上近くでの航空機の失速は、通常は意図した動きではないため深刻な事態になります。飛行訓練の間に、失速からの回復を十分に練習しましょう。

ただし、失速した航空機の制御と、自分の本能の制御は別の話です。たとえば、失速の典型的な原因の 1 つに、着陸時の高い降下率があります。アプローチの際に、降下角度を浅くしようとして、エレベータ コントロールを手前に引くことがあります。そこで臨界迎え角を超えてしまうと、航空機は失速してしまうのです。みるみるうちに滑走路が、低軌道から眺めた超新星のように風防ガラスに広がるわけです。

訓練されていない本能に従ってエレベータ コントロールを手前に引き続けると、失速は悪化していきます。 経験豊富なパイロットたちは、このことをよくわかっています。彼らは失速の可能性を認識しているので、着陸の際には、エレベータ コントロールを手前に引く力と出力のバランスを適切にとり、臨界迎え角を超えないように航空機のグライド パスを変更します。飛行教官が、着陸の際のエレベータと出力の正しい使い方を教えてくれるでしょう。パイロットは、エレベータ コントロールの適切な引き具合を、どのようにして知るのでしょうか? 航空機が失速しないと、どうやってわかるのでしょうか? 

航空機に迎え角指示器が装備されていれば、失速に気付くのは簡単です。迎え角が、翼の臨界値より小さくなるように保てばよいのです。しかし、迎え角指示器は高価なため、小さな航空機にはほとんど装備されていません。Flight Simulator において、失速開始を知るための主な手掛かりとなるのは失速警報です。失速警報は、失速速度に数ノットまで近づくと鳴り始めます。また、ありがたいことに画面上に “失速” という文字が表示されるようにもなっています。もちろん、この機能は実際の航空機にはありません。ただし、赤い失速警告灯が点灯します。これは、Flight Simulator の失速警報とほとんど同じ機能です。

以上で失速についての航空力学の基礎固めは完了です。続いて、失速からの回復について詳しくみていきましょう。

飛行停止、失速開始

ジョイスティックを手前に引きすぎて翼の臨界迎え角を超えると、失速します。失速中は、翼上面の滑らかな気流が乱れます。この気流の乱れによって飛行に必要な揚力が不足するため、手荷物や乗客、燃料などが正常に積載されている状態なら、航空機はピッチ ダウンします。この自動的なピッチ ダウンは、気管に詰まった異物を取り除く応急処置のハイムリック法 (子供が気管に異物を詰まらせたときに逆さまにする応急処置) のようなものです。航空機は、自ら迎え角を減少させて臨界迎え角以下に抑え、航空機能を取り戻します。

このように航空機自体が自力で失速から回復するように作られているのなら、では、なぜ失速について学習する必要があるのでしょうか。困ったことに、パイロットの側が失速からの回復を妨げるようなことをしてしまうという状況がしばしば起こりうるからなのです。そこで、どのような操作が失速からの回復を妨げるかを知っておく必要があります。 また、地上付近での失速では、高度の低下を最小限にとどめるために、失速からの迅速な回復を要求されます。失速をもう一度経験してみましょう。ただし今回は、航空機が自動的にピッチ ダウンするのを妨害した場合にどうなるかを見てみます。

失速中にしてはいけないこと

失速中に、航空機が失速から自動的に回復するのを妨げるとどうなるのでしょうか。

答えは、ジョイスティックを完全に手前に引いた状態で、航空機は失速したままになります。ジョイスティックをどれほど強く引いても、航空機は上昇しません。ここが重要な点です。ジョイスティックをいっぱいに引いたままだと、地上に激突するまで失速状態が続きます。これは、あまり楽しいことではありませんよね。ジョイスティックを手前いっぱいに引いたままにすると、翼の迎え角は臨界値付近で維持されるか、臨界値を超えてしまいます。残念ながら、航空機が失速すると、一部のパイロットはこのような行動を取ってしまいます。

失速中にすべきこと

これが、ジョイスティックを手前に引く力を緩めて、翼の迎え角が臨界迎え角より小さくなるまで前方に倒さなければならない理由です。 失速から回復するための適切な姿勢は状況によって異なりますが、レッスンでは 5 ~ 10 度機首を下げて失速から回復する方法をとります。必要以上に急な機首下げ姿勢は、過度の高度損失を招き、対気速度を増加させるので避けてください。

迎え角が十分小さくなったかどうかは、どのようにすればわかるのでしょうか? Flight Simulator では、失速警報が止まる、”失速” という表示が画面から消える、航空機が飛行状態に戻る、対気速度が上がり始める、航空機が操縦操作に反応し始める、などの現象で確認することができます。教官が同乗している実際のフライトなら、教官の声が落ち着きを取り戻したらもう大丈夫でしょう。

一部の例外はありますが、これは、失速に気付いてその状態から回復させるためにパイロットが必ず実行してきた方法です。 また、迎え角が小さくなったら、直ちに出力を全開にしたいと誰でも思います。これも失速からの回復を早めるのに役立ちます。ただし、出力を上げるときにピッチ アップさせない (機首を上げない) ように注意してください。機首が上がると、再び迎え角が増加してしまい、再び失速してしまうおそれがあります。航空機が失速状態から回復したら、(つまり、失速警報が停止したら) 機首を上げて上昇姿勢に入り、上昇対気速度を確立しましょう。

ディパーチャー ストール (離陸時の失速)

すでにパワーを全開にしている状態で失速した場合は、どうなるのでしょうか。ちょうど空港から離陸したばかりで、通常どおりフル パワーで上昇しているとします。突然、コックピット内に巨大なハチが出現しました。パイロットの注意は逸れ、この奇妙な闖入者をたたき落とそうとするあまり、航空機の操縦どころではなくなってしまいます。カンフー映画のように両手を振り回すうちに航空機が失速します。さて、あなたらならどうしますか? 

この場合、ある 1 つのことを行わない限り、世界中のどんなカンフーも役に立ちません。その 1 つのこととは、翼の迎え角を臨界値より小さくすることです。 航空機が失速から回復さえすれば、上昇姿勢に復帰することができます。パワーはすでに全開になっているので、スロットルに手を触れる必要はありません。

やりましたね。これで、”失速の世界” の見学は終わりです。しかしまだ、”現実の世界” を見ていません。では、そのコーナーを訪問することにしましょう。

臨界迎え角を超えると航空機が失速することは、簡単に覚えられましたね。航空機の姿勢、対気速度、出力設定に関係なく失速は発生しうることを忘れないでください。では、もう少し補足します。

現実の世界では、航空機が真下を目指して降下しているときに、操縦桿を強く手前に引くと航空機は失速します。もちろん、こんなことは実際の航空機では (たとえ、レンタル航空機でも) 行いません。 これは、あくまでもシミュレーションであることを思い出してください。ここでは、実際の航空機では決して試してみようなどとは思わないようなことも実験できるのです。まさに空想の世界を訪れているようなもので、多大な危険にさらされる心配はありません。ですから、この Flight Simulator という文明の利器を大いに活用すれば、人々の話の上でしか知りようもない、現実では決して行うことのできないようなフライトを体験できるのです。

では、失速の練習をしてみましょう。今学習したことを練習するには、[このレッスンを開始する] をクリックしてください。楽しんできてくださいね。

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